大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

釧路地方裁判所 平成5年(ワ)219号 判決

原告

荒生ツナ

荒生広文

原告ら訴訟代理人弁護士

今瞭美

今重一

同(平成五年(ワ)第二一九号事件のみ。以下同じ。)

木村達也

木村晋介

宇都宮健児

長谷川正浩

山本政明

小松陽一郎

安保嘉博

折田泰宏

永尾廣久

我妻正規

石口俊一

中村宏

水谷英夫

石田正也

加藤修

釜井英法

由良登信

藤森克美

佐川京子

藤本明

伊藤誠一

中田克己

山本行雄

三津橋彬

市川守弘

被告

日本信販株式会社

右代表者代表取締役

澁谷信隆

右訴訟代理人弁護士

塚田渥

宮原守男

檜山公夫

野田弘明

西村捷三

模泰吉

中野惇

伊達健太郎

山下俊六

柘賢二

柘万利子

同(平成五年(ワ)第二一九号事件のみ。以下同じ。)

馬杉栄一

毛利節

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

都築政則

外六名

主文

一  被告日本信販株式会社から原告らに対する釧路地方法務局所属公証人田村一作成平成四年第四四七号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、金六四万七六七〇円及びうち金六二万三三九七円に対する平成四年八月二八日以降支払ずみに至るまで年29.2パーセントの割合による金員を超える部分については、これを許さない。

二  原告らの被告日本信販株式会社に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用の負担は以下のとおりとする。

1  原告ら各自に生じた費用のうち五分の一を被告日本信販株式会社の負担とし、その余を各原告らの負担とする。

2  被告日本信販株式会社に生じた費用のうち五分の一を同被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

3  被告国に生じた費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  平成五年(ワ)第一九四号事件

被告会社から原告らに対する釧路地方法務局所属公証人田村一作成平成四年第四四七号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。

二  平成五年(ワ)第二一九号事件

被告らは連帯して、原告ら各自に対し、各金五六万円及びこれに対する平成五年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告らが被告日本信販株式会社(以下「被告会社」という。)に対して負担していたクレジットカードの利用による金銭消費貸借債務等を借入金として、原告荒生ツナを主債務者とし、原告荒生広文を連帯保証人とする準消費貸借契約が締結され、同契約について公正証書が作成された。

本件請求異議事件は、原告らが、右公正証書は、①原告らが作成を授権していない、②双方代理により作成された、③旧債務に利息制限法に違反する利息が含まれている等の点において、作成手続及び内容に瑕疵があり、全部または一部が無効であると主張して、その執行力の排除を求めた事案である。

本件損害賠償請求事件は、原告らが、右公正証書が作成されたことについて、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

一  基本となる事実(証拠を挙示した事実以外は、当事者間に争いがない)。

1  被告会社は、割賦購入あっせん業、貸金業等を業とする会社である。

2  原告荒生ツナは、被告会社との間のニコスクレジットカード利用契約及び資生堂国際カード利用契約に基づき、これらのカードを利用して物品の購入及びサービスの利用(ショッピング取引)、金員の借入れ(キャッシング取引)を行い、原告荒生広文は、被告会社との間のニコスビザカード利用契約に基づき、同カードを利用して金員の借入れ(キャッシング取引)を行った。右各契約(以下「本件各カード利用契約」という。)における弁済方法等の約定は、別紙本件旧債務弁済約定一覧のとおりである(同別紙記載の証拠により認定。)。

しかし、原告らは、右各カードの利用による債務について当初の約定に従った弁済が困難になったため、平成四年七月一六日、毎月の弁済額を支払可能な額に減縮することを目的として、被告会社との間で本件各カード利用契約に基づく取引により生じた債務の残額等(以下「本件旧債務」という。)一〇三万円を元金とし、原告荒生ツナが主債務者(原告荒生広文の債務については引き受けた。)、原告荒生広文が連帯保証人となって、以下の約定の準消費貸借契約(以下「本件再契約」という。)を締結した。(甲五号証、甲六号証、甲二八号証、乙一六号証、乙二二号証、乙二三号証)

(一) 利息は年一五パーセントとする。

(二) 弁済方法は、元利均等弁済の方法により、平成四年八月から平成一一年六月まで毎月二七日限り一万九八七六円ずつ、同年七月二七日限り一万九七五三円を弁済する。

(三) 右分割金の支払を一回でも怠った場合、原告らは当然に期限の利益を失う。

(四) 遅延損害金は年29.2パーセントとする。

3  平成四年一〇月一日、被告会社の代理人大塚光弘及び原告らの代理人遠藤剛(被告会社従業員)の作成嘱託に基づき、釧路地方法務局所属公証人田村一により、被告会社を債権者、原告荒生ツナを債務者、原告荒生広文を連帯保証人とし、本件再契約及び執行受諾文言を法律行為の本旨とする平成四年第四四七号債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」といい、その作成嘱託を右各代理人に委託するために作成された委任状〔丙一号証の二〕を以下「本件委任状」という。)が作成された。

4  なお、被告会社の主張する本件旧債務は以下のとおりであり、その明細は、別紙クレジットカード利用明細表(被告会社主張額)及び、弁済経過・利息等一覧表(被告会社主張額)のとおりである(被告会社は、本件旧債務の額を本件再契約時に一〇三万円余と算定したが、本訴では一〇一万〇二〇五円に減縮して主張する。)

(一) 原告荒生ツナのニコスクレジットカード利用による残債務(キャッシング取引による借入分)

残元金 一九万五〇七二円

平成四年六月、七月各支払分の未払利息 四六〇一円

同年五月、六月各支払分の元金に対する遅延損害金 五〇八円

(二) 原告荒生ツナの資生堂国際カード利用による残債務(ショッピング取引による物品購入、サービス利用分)

残元金 二〇万八二九六円

平成四年五月ないし七月各支払分の未払手数料 六〇九七円

同年五月、六月各支払分の元金に対する遅延損害金 三七五円

年会費 七七二円

(三) 原告荒生ツナの資生堂国際カード利用による残債務(キャッシング取引による借入分)

残元金 一七万〇〇〇〇円

平成四年五月ないし七月各支払分の未払利息 六三七五円

同年五月、六月各支払分の元金に対する遅延損害金 五三六円

(四) 原告荒生広文のニコスビザカード利用による残債務(キャッシング取引による借入分)

残元金 四〇万〇〇〇〇円

平成四年五月ないし七月各支払分の未払利息 一万四九三六円

同年五月、六月各支払分の元金に対する遅延損害金 一六〇八円

年会費 一〇二九円

二  争点

1  無権代理

(一) 原告らの主張

原告らは、被告会社から支払を容易にする契約をする旨の説明を受けて、被告会社から示された本件委任状に署名等をしただけである。その際、本件旧債務の内容についての説明は全くなく、ただ債務の総額を告げられたのみであり、公正証書を作成するための書面との説明も受けていない。

よって、本件公正証書は、原告らの意思に基づかずに作成されたもので無効である。

(二) 被告会社の主張

原告らは、本件公正証書作成の嘱託を委任するための委任状であることを被告会社従業員からの説明等により承知のうえで、本件委任状に署名押印し、本件公正証書作成の嘱託を適法に委任した。

2  双方代理

(一) 原告らの主張

本件公正証書作成に際して原告らの代理人となった遠藤は、被告会社の従業員であるから、本件公正証書は実質的には双方代理によって作成されたものであって無効である。

(二) 被告会社の主張

遠藤が委任された行為は、予め原告らの承諾を得た契約条項を公正証書に作成することを嘱託する行為に過ぎないから、双方代理に該当しない。

仮に双方代理に該当するとしても、原告らはこれを承諾していた。

3  利息制限法違反(貸金業法四三条の適用について)

(一) 原告らの主張

(1) 本件旧債務中、各借入金の弁済については、次の理由により貸金業法四三条の適用がない。

貸金業法一七条に規定する書面の交付がされていない。

貸金業法一八条に規定する書面の交付がされていない。

貸金業法四三条の適用を受けるためには、銀行預金口座を通じての支払の場合においても、右書面の交付が必要であると解すべきである。

(2) よって、原告らが利息として支払った金員のうち、利息制限法の法定利率を上回る部分は元金に充当されることになる。被告会社が自認する本件各借入金に対する弁済額を前提に、利息制限法の法定利率による充当計算(借入金額が一〇万円未満の場合も含め法定利率を年一八パーセントとして計算。)を行うと、借入金の残元金は次のとおりとなる。

原告荒生ツナのニコスクレジットカード取引分 一七万五九三二円

原告荒生ツナの資生堂国際カード取引分 一四万七八九八円

原告荒生広文のニコスビザカード取引分 三八万一六八〇円

合計七〇万五五一〇円

(3) 被告会社が明らかにしない本件各カード利用契約に基づくその他の借入金(元金全額が弁済ずみのもの。)について原告らが支払った利息についても同様に充当すると、残元金額はさらに少ないはずである。

(二) 被告会社の主張

原告らが利息として支払った利息制限法の制限額を超過する金員は、貸金業法四三条により有効な利息の支払とみなされる。

(1) 貸金業法一七条が要求しているのは、契約の内容を明らかにする書面の交付であって、契約書の交付及び一通の書面の交付に限られない。

本件においては、別紙一七条書面の記載状況表のとおり、本件各カード利用契約締結時に交付した会員規約及びカード送付書と個々の貸付実行時に発行されたカード利用内容通知書等を総合して、右法条所定の書面が交付されたと解することができる。

なお、リボルビング契約の場合は、融資実行段階においても返済期間及び返済回数の特定が困難であるから、右法条所定の書面として、返済の期間及び回数を記載した書面の交付を要しないと解すべきである。

(2) 貸金業法一八条の書面の交付については、同条二項の場合には不要であると解すべきところ、本件旧債務の借入金の弁済方法は口座振替による弁済であり、右場合に該当するから、本件では交付の必要がない。

4  未払利息、損害金等の元金組入れの可否

(一) 原告らの主張

(1) 本件再契約において、原告らの借入金債務について、利息制限法の制限利率を超える約定利率により算定された未払利息金合計四万八四五八円が元金に組み入れられていたが、これは、利息制限法に違反する。

(2) 民法四〇五条の法意からすれば、利息、損害金を元金に組み入れる合意は明確でなければならないが、本件では、明確な合意があったとはいえない。

よって、本件再契約及び本件公正証書中、原告らの借入金債務について、本件旧債務の未払利息及び損害金を元金に組み入れてこれに利息及び損害金を付す約定部分は無効である。

(3) 被告会社が再契約の際に元金に組み入れた約定利息には、本件再契約がされた平成四年七月一六日の時点で未発生の同月一七日から同月二七日までの利息が含まれており、違法である。

(4) 本件再契約においては、資生堂国際カードによるショッピング取引の手数料、遅延損害金を再契約の元金に組み入れ、それに対し利息制限法の制限利率の上限の金利を付している。

手数料は、実質的には利息であるというべきであるから、右取引の残元金に対する関係では、再契約の利息は利息制限法の制限を超えるものとなっており、暴利行為で無効である。

(5) 本件再契約においては、金利を付す約定のない会費合計一八〇一円を元金に組み入れ、利息、遅延損害金を付している。

(二) 被告会社の主張

(1) 利息制限法の制限利率を超える約定により算定した未払利息を本件再契約元金に組み入れていた事実を認める。

被告会社は、従来、再契約は債務者に新規融資を行い、その融資金を原債務の弁済に充当するとともに、原債務と同一性のない新たな債務を発生させる取引であると理解し、借換部分についても貸金業法四三条のみなし弁済の適用があるとの見解で手続を行ってきた。この見解は不合理なものではなく、右組入れは適法である。

しかし、本訴においては、未払利息額を利息制限法制限内の年利一八パーセントで計算した額に減縮して主張する。

(2) 本件再契約における未払利息の元金組み入れは、原告らの承諾(本件再契約)に基づくものであるから、原告らの主張は失当である。

(3) 被告会社が原告主張の処理をしたのは、被告会社の再契約制度においては再契約融資日から直近の支払期日までは無利子となっているため、従業員が同期日までの旧契約上の利息を計上しても問題ないと誤解した手続的な誤りに起因するもので、違法性はない。

しかし、本訴においては、未払利息額を、再契約締結日までの分に減縮して主張する。

(4) 原告らの主張(4)、(5)を争う。

5  被告会社の不法行為責任の有無

(一) 原告の主張

被告会社は、故意または過失により前記各瑕疵がある本件公正証書を作成させた。よって、不法行為に基づく損害賠償責任がある。

(二) 被告会社の主張

(1) 被告会社は、前記5(二)(1)、(3)の限度で本件公正証書の執行力の一部排除を認めるが、前記各主張のとおり、右各争点を含め本件公正証書には何ら問題がない。よって、被告会社には違法な行為はない。

(2) 仮に原告らが本件公正証書作成の意思を有していなかったとしても、被告会社従業員は、原告荒生広文に公正証書の意味、内容を直接説明し、原告荒生ツナに対して電話で右意思を有していることを確認しているし、原告らの署名押印のある本件委任状及び印鑑登録証明書の提出を受けているのであるから、過失はない。

(3) 本件再契約に前記3、4(一)(2)の実体法上の問題があるとしても、実務上見解が対立している問題であり、被告会社の見解に立つ判例、学説も存しているから、被告会社の見解が少数説に拠った処理であるとしても、違法とはいえない。

6  公証人の注意義務違反の有無

(一) 原告らの主張

田村公証人は、以下の注意義務に違反して瑕疵のある本件公正証書を作成した。よって、被告国には国家賠償法一条に基づく損害賠償責任がある。

(1) 田村公証人は、本件公正証書作成に際し、原告らが公正証書の意味を理解し、その作成意思を有するか確認すべきであった。

田村公証人は、原告らの代理人となっているのが被告会社の社員であることを知っていたから、本件公正証書が双方代理として無効でないかとの疑義があることを知っていた。

このような場合には、同公証人は、原告らに対し公正証書作成の委任をしたか確認すべきであったのに、そのような確認をしないまま本件公正証書を作成した。

(2) 被告会社は、貸金業を営み、利息制限法所定の制限利率を超える利息を得ており、また、割賦購入あっせん業を営み、割賦販売法の適用を受ける契約を多数締結している。これらは周知の事実である。

また、本件委任状には「特別融資〔再契約用〕」との記載があった。

そして、田村公証人は、右記載のある委任状を用いて作成する公正証書は、被告会社の顧客が約定どおりの支払をすることが困難になったことを契機として従前の債務について準消費貸借契約を締結し、これを本旨として作成されるものであることを知っていた。

したがって、田村公証人は、本件旧債務に、利息制限法の適用を受ける債務が含まれることを知っていたか、当然に知り得た。

右状況下では、田村公証人には、本件旧債務に金銭消費貸借に基づく債務が含まれているか、当該契約が利息制限法の制限を超過した利率を付しているか、付している場合には貸金業法四三条のみなし弁済規定の適用の要件があるか等について、被告会社に説明を求めるなどして明らかにし、右法令に適合する内容の公正証書を作成すべき注意義務があった。

しかるに、同公証人は、右釈明をせずに本件公正証書を作成した。

(3) 手数料、遅延損害金及び年会費等が元金に組み入れられている点については、組入れについて、真に原告らの合意があるか否かについて、慎重に検討すべき義務があったのにこれを怠った。

(二) 被告国の主張

公証人が公正証書を作成する際に審査すべき資料は、当事者の陳述(公証人法三五条)及び当事者からの提出資料に限定される。

公証人法施行規則一三条一項は、公証人に関係人に注意をしたり説明を求める権限及び義務を定めるが、この権限は、審査に当たり法律行為の有効性等に具体的な疑いがある場合に限り行使すべきものである。

本件において、審査資料上、本件公正証書の作成の嘱託及び内容に不備ないし違法があったと認識し得ず、また、右権限を行使すべき事情も存在しないから、田村公証人に注意義務違反はない。

(1) 原告の主張(1)について

本件公正証書の作成を嘱託された際、債権者及び債務者らが連署した本件委任状一通及び債務者らの印鑑証明書各一通が提出された。

本件委任状に記載された債務者らの住所及び氏名の表示並びに押印された印影は、印鑑証明書と総て一致している。

なお、本件委任状による委任事項は、予め当事者間で総て取り決められた契約条項について公正証書作成を嘱託することであり、代理人が条項を決定することはないから、代理人の行為は双方代理に該当しない。

よって、本件においては、公正証書作成意思の有無を本人等に確認すべき事情は存在しない。

(2) 原告の主張(2)について

原告主張の事実は周知の事実ではない。

田村公証人は、被告会社従業員から、「特別融資」の意味について、被告会社の顧客が、被告会社に対して負う借入金、立替金等の債務について支払が困難となった際に、期限の利益を失った複数の債務を一つにまとめて新たな融資をして、その融資金で決済し、その融資金については債務者の支払能力に応じて長期の分割弁済にするとの説明を受けていたため、従前の債務と同一性を有しない新たな債務を発生させる融資契約であると理解していた。

また、田村公証人としては、被告会社のような代表的な信販会社において法令違反の業務を恒常的に行っているとは疑い得なかった。

さらに、田村公証人は貸金業法四三条のみなし弁済の適用要件(同法一七条所定の書面の内容及び口座振替による支払時における同法一八条所定の書面の交付の要否)について、被告会社と同様の見解に立って執務を行っていたところ、右要件については、実務上も見解が分かれ、同公証人が採用する見解についても相当の根拠が認められる。

これらの事情からすれば、仮に公証人の審査資料について職務上知った事実を含むという解釈に立ったとしても、田村公証人が、本件旧債務に利息制限法に違反する債務が含まれることを疑うべき具体的な事情は存在しなかったから審査上の注意義務違反はないし、また、本件旧債務の内容を知り得たとしても、これを元金として本件再契約が締結されることを法令違反と判断しなかったことについて過失はない。

(3) 原告の主張(3)について

田村公証人には、本件再契約が準消費貸借であるとの認識はなく、また、同契約の元金に手数料、遅延損害金、年会費等が組み入れられていること、かつ、その組入れについて原告らの合意がないことを認識し得べき事情は何ら存在しない。

したがって、田村公証人には、注意義務違反はない。

7  本件公正証書が作成されたことにより原告らが被った損害

(一) 原告らの主張

原告らは、本件公正証書が作成されたことにより、以下のとおり、少なくとも各自五六万円の損害を受けた。

(1) 請求異議訴訟の弁護士費用及び訴訟費用一二万円

原告らは、無効な本件公正証書による侵害を排除するため請求異議訴訟を提起することを余儀無くされ、同手続を弁護士今瞭美、同今重一に委任し、以下の報酬等を半分ずつ支払う約束をした。

着手金一〇万円

訴訟費用二万円

印紙代九三〇〇円、予納郵券四四一〇円、その他六二九〇円

(2) 本件公正証書の存在により被った精神的苦痛に対する慰謝料

少なくとも原告ら各自五〇万円が相当である。

(3) 右各損害金に対する訴状送達の日の翌日以降支払ずみに至るまでの遅延損害金を請求する。

(二) 被告会社の主張

(1) 本件公正証書に瑕疵があったとしても、これに基づく強制執行が開始されていない以上、原告は権利侵害を受けておらず、損害はない。

(2) 本件で請求異議が認容されるとしても、それは全体のわずかな一部分に過ぎない。他方、原告は本件再契約に対する保証債務を負担していることを認めており、被告会社は、右債務について、再度の分割払い、さらには減額も検討する意向である。

したがって、原告は、被告会社と債務弁済の交渉をし、その中で実体法上の請求異議内容を実現すれば十分であり、直ちに請求異議訴訟を提起する必要はないから、弁護士費用は損害とはいえない。

(3) 原告らが本件公正証書の存在により精神的損害を被っているとは認められない。

(三) 被告国の主張

(1) 本件請求異議訴訟において原告の主張を容認する判決が言い渡され、確定するまでは、同訴訟の費用を原告の損害と認め得ない。

(2) 原告主張の訴訟費用のうち、民事訴訟費用等に関する法律二条所定の費用については、訴訟費用額確定決定に基づき当事者間においてのみ償還を求め得る性質の費用であって、損害賠償請求の対象とはならない。

(3) 本件公正証書による強制執行は開始されていないから、請求異議が認容されてその執行力が排除されれば、賠償すべき精神的損害はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(無権代理)について

1  甲五号証、甲六号証、甲二七号証の三一、甲二八号証、乙九号証、乙一〇号証、乙一三号証、乙一六号証、乙二一号証ないし二三号証、丙一号証の一ないし四、証人大塚光弘の証言及び原告ら各本人尋問の結果によれば、次の事実を認定することができる。

原告らの各本人尋問の結果中、以下の認定に反する部分はその余の証拠に照らし、採用することができない。

(一) 原告らは、平成四年三月分から本件各カード利用契約による債務の支払を遅延するようになり、同年五月分、六月分の支払をしなかった。

原告荒生ツナは、被告会社からの支払督促に対し、身内の不幸があったためすぐには支払えないと回答した。

そこで、被告会社は、月々の支払金額を減額して支払可能な金額に組み直す再契約をすることもできる旨の提案をしたところ、原告らは、夫婦合算して月々二万円程度を支払う弁済方法による再契約を希望したので、原告ら二人で、印鑑登録証明書、実印等を持って釧路営業所に来るよう指示した。

(二) 原告荒生広文は、同年七月六日、印鑑登録証明書を持参して、ひとりで被告会社釧路営業所を訪れ、従業員の大塚光弘との間で原告らの従前の債務の組み直し方法を協議し、本件再契約を締結することを了解した。

大塚は、その際、原告荒生広文に対し、再契約をするためには公正証書の作成が必要であること、公正証書は公証人役場に行って作るが、その手続を被告会社の従業員に委任するための委任状を原告らに作成してもらうこと、公正証書が作成されると支払を遅滞した場合には給料や家財道具等を差押えされることになる旨の説明をした。

原告荒生広文は同所において、右説明も了解のうえ、本件再契約のため、借入金額、支払回数、毎月の支払額等の各契約事項を被告会社において記載ずみの融資申込書兼金銭消費貸借契約書及び公正証書作成のための本件委任状(表面に「公正証書作成嘱託に関する一切の行為を委任する」との記載があり、裏面に「貴社より請求あるときは本契約上の金銭債務について強制執行認諾条項のある公正証書を作成することに同意いたします」、「本債務不履行の場合は、直ちに強制執行に服する旨認諾します」との記載がある。)の各連帯保証人欄に署名捺印した。

(三) 原告荒生ツナは、同月八日ころ、同原告宅において原告荒生広文が持ち帰った右各書類の債務者本人欄に自ら署名押印し、または、被告会社釧路営業所に赴き、同所において右各書類に自ら署名押印した。

2  以上のとおりの本件委任状の作成経緯、その記載内容、原告荒生広文に対する被告会社従業員の説明、原告らの身分関係等に照らせば、原告荒生広文は被告会社従業員の説明により、原告荒生ツナは被告会社従業員または原告荒生広文の説明及び本件委任状の記載内容により、同委任状が本件再契約を本旨とし、その履行を遅滞したときには直ちに強制執行を受ける効果を持つ書面を作成することを委任するための書類であることを認識してこれに署名押印したものと推認することが相当であり、したがって、原告らは本件委任状を以てその意思に基づき、本件公正証書作成の嘱託を委任したものと認定することができる。

なお、原告らは、再契約時に原債務の内容についての具体的な説明がなかったと各本人尋問において述べているが、準消費貸借契約の成立の要件としては、原債務が特定されていれば足り、その詳細な種類、発生原因についてまで確認する必要はないと解すべきところ、本件においては、前記認定のとおり、原債務が、本件各カード利用契約に基づく残債務であることを原告らは十分認識しており、原債務の特定としては右程度で十分といえるから、右供述にかかる事実は、再契約の成立及び本件公正証書作成嘱託の委任の成立に影響を及ぼすものではない。

二  争点2(双方代理)について

前記認定のとおり、本件委任状は、原告らが署名押印する段階では、各事項が被告会社によって記載ずみであったから、原告らの代理人となった被告会社従業員が行った代理行為は、単に原告らと被告会社との間で予め取り決められた執行受諾約款を含む契約条項を単に公正証書に作成することを嘱託する行為に過ぎず、新たに契約条項等を決定するものではないから、実質的にも双方代理に該当する行為とはいえない。

よって、原告らの右争点に関する主張は理由がない。

三  争点3(利息制限法違反、貸金業法四三条の適用)について

1  貸金業法一七条書面の交付の点について

貸金業法一七条は、同法条所定の事項を書面を以て債務者に明らかにすることを目的とするもので、右事項を一通の書面を以て交付すること、あるいは事前に決定され、書面を以て明らかにされている事項まであらためて、契約締結時に交付する書面に記載することまでも要求していると解すべき根拠はない。

本件各カード利用契約に基づくキャッシング取引のように、予め定めた取引条件に基づき、クレジットカードを利用して個々の貸付けを行う契約形態における右書面の交付については、事前に債務者に交付された会員規約等によって明らかになっている事項については、個々の貸付時に交付される書面に再度記載しなくても、右法条の法意に反するとは解されず、会員規約等と個々の貸付時に交付される書面の記載を合わせて、右法条所定の事項が総て債務者に明らかになれば、右法条所定の要件を満たすものと解するのが相当である。

また、弁済方法をリボルビング方式とする貸付けの場合は、その性質上、個々の貸付けを実行する時点においても、返済期間及び返済回数の特定は不可能であるから、これらについて記載した書面を交付することは右法条によっても不要であると解すべきである。

そして、乙二号証、乙三号証、乙五号証、乙二七号証及び弁論の全趣旨によれば、本件各カード利用契約においては、キャッシング取引による債務の弁済方法がいずれもリボルビング方式であること、当初の契約時点及びカードの切換え時点に会員規約及びカード送付明細書が送付されること、各貸付け実行時にカード利用内容通知書が発行されること、これらの各書面に返済期間及び返済回数を除く貸金業法一七条所定の事項が総て記載されていることをそれぞれ認めることができる。

よって、本件においては、貸金業法一七条所定の書面が適法に交付されていると認めることができる。

2  貸金業法一八条書面の交付の点について

(一) 本件各カード利用契約に基づくキャッシング取引について、貸金業法一八条所定の書面の交付がされていないことは、当事者間に争いがない。

(二) 貸金業法は、消費者保護の立場から、貸金業者に厳格な手続上の規制を課しており、これを遵守した業者には、同法四三条の要件を具備することにより、利息制限法の法定利率を超過する利率による利息の取得を容認するものの、これはあくまで本来は無効な弁済を厳格な要件のもとに例外的に有効とみなす特典を与えたにすぎないと解すべきである。

そして、貸金業法一八条所定の受取証書の交付は、その記載事項からみて、単に債務者の支払を証明するためのみならず、いかなる債務のいかなる費目に当該支払分が充当されるかを債務者に明確に認識させることを目的とするものであるから、利息制限法上は本来無効な弁済をあくまでも例外的に有効な弁済とみなす同法四三条の適用については、同法及び同条項の前記性格を考慮すると、その要件を厳格に解すべきであり、文理上も同法一八条二項の場合について、同条の書面の交付を必要としない旨の明確な規定を置いていない以上、同法四三条の適用の要件としては、同法一八条二項の場合においても、同条の書面の交付を要すると解すべきである。

(三) そうすると、本件各カード利用契約に基づくキャッシング取引については、貸金業法一八条所定の書面の交付を欠くものであるから、同法四三条の適用はないと解すべきである。

3  本件再契約時点の旧債務額

以上によれば、原告らが利息として支払った金員のうち、利息制限法の法定利率を超えて支払った部分は、借入金元金に当然に充当されるべきことになるので、右充当計算を行い、本件再契約時点の原告らの各キャッシング取引による借入金債務の額を求める。

(一) 原告ら主張のとおり、本件旧債務として被告会社が明らかにしている借入金以外にも、原告らは本件各カード利用契約に基づくキャッシング取引により借入れをし、その債務について利息制限法の法定利率を上回る利息を支払っていることが推測されるので、これらの支払についても、右法定利率を上回る支払額を認定し、これを含めて、借入金元金に充当して、本件旧債務中の借入金債務の残額を認定する必要がある。

(二) そこで、別紙「その他の貸金債務の推認方法及び弁済充当方法について」のとおりの手順により本件旧債務以外の右借入金額を推認すると、同別紙第六項のとおりに、また、これらの借入金に対する元金及び利息の支払額を推認すると別紙カード別弁済経過表の各該当欄のとおりにそれぞれ認定することができる。

(三) 右(二)認定の借入金債務に対する支払額も含めて、右別紙第七項の計算方法により、利息制限法の法定利率を超えて支払われた金員を、別紙弁済充当計算表のとおり元金に充当して、本件再契約時点における本件旧債務中の借入金債務の残額を算定すると、別紙残債務一覧表のとおりとなる。

(四) なお、本件再契約時点における本件旧債務中のショッピング取引による残債務額は、原告らにおいて明らかに争わないので、被告会社の主張額を認めたものとみなし、別紙残債務一覧表(2)②のとおり存在するものと認め、また、未払年会費額についても同様の理由により、同一覧表(2)③及び(3)末尾のとおり存在するものと認める。

四  争点4(未払利息、損害金等の元金組入れの可否)について

1  未払利息額の算定における利息制限法違反の点について

貸金業法四三条を適用するための要件として、債務者が利息として金員を支払うことが必要であるところ、本件再契約において原告らが現実に金員を支払った事実についてはこれを認めるに足りる証拠はないし、また、本件再契約の元金となった旧債務の内訳について具体的な説明がされたことを認めるに足りる証拠もないから、利息として支払った事実も存在しない。

よって、本件未払利息の算定については、右法条の適用はなく、本件再契約の元金中、利息制限法の制限を上回る利率により算定された利息部分は同法違反により債務は発生しておらず、無効である。

2  未払利息、損害金の元金組入れの点について

民法四〇五条は、同条の要件にかかわらず、当事者間の合意により、利息及び損害金を元金に組み入れることを禁ずるものではない。

しかし、右合意は債務者の負担する債務額を加速度的に増大させ、債務者に重大な不利益を被らせるおそれがあるから、右法条の趣旨に鑑み、右合意が有効に成立したと認めるためには、債務者において、元金に組み入れることになる利息及び損害金の発生及び金額を明確に認識し得る状況下で合意がされる必要があると解すべきである。

しかるに、証人大塚光弘の証言によれば、本件再契約締結の際には、被告会社従業員から原告らに対し、本件各カード利用契約上の残債務の総額が知らされたのみで、その内訳についての説明はされていないことが認定できるから、原告らにおいて利息及び損害金の金額、そして、これをあわせて元金とすることを明確に認識し得たとは解されない。

よって、本件再契約中、未払利息及び損害金に、さらに利息及び損害金を付する約定部分は、無効である。

3  将来の利息の元金組入れの可否の点について

被告会社が再契約の際に元金に組み入れた約定利息中には、本件再契約が締結された日の翌日である平成四年七月一七日から同月二七日までの利息が含まれていたことは弁論の全趣旨により明らかである。

右利息は本件再契約締結時点においては未発生の債務であるから、本件再契約の元金中、右利息部分は債務が存在していないので、無効である。

4  ショッピング取引の未払手数料等の元金組入れ等の可否の点について

ショッピング取引における手数料及び損害金は、実質的には金銭消費貸借における利息及び損害金と同様の性質を有するものであるから、これを元金としてさらに利息及び損害金の対象とするためには、前記2と同様の要件を備えた合意が必要と解すべきである。

しかるに、本件において右要件が満たされていないことは前記2のとおりであるから、本件再契約中、未払手数料及び損害金に、さらに利息及び損害金を付する約定部分は、無効である。

5  年会費の元金組入れの可否の点について

本件各カード利用契約に基づく、年会費の債務については、前記2及び4の債務とは異なり、支払を遅滞した場合には当然に損害金が発生すべき独立した債務である。

よって、本件再契約の際に、旧債務の内訳として年会費額を特に明示しなくても、これを同契約の元金とし、これに利息及び損害金を付することについて支障はないから、原告の主張は理由がない。

五  請求異議訴訟についての認容額

1  事案の概要一2の各契約条項に右三、四の各認定を総合すれば、本件再契約は、以下の限度で成立したものと認めることが相当である。

(一) 原告ら(主債務者原告荒生ツナ、連帯保証人原告荒生広文)は、以下の旧債務合計六三万九七二八円を平成四年七月以降、毎月二七日限り、元利合計一万九八七六円ずつ弁済する。

(1) 別紙残債務一覧表の各借入金残元金、ショッピング残元金及び各年会費の合計 六二万三三九七円

(2) 右一覧表の利息、手数料及び損害金の合計 一万六三三一円

(二) 右各債務のうち、(1)に対しては、平成四年七月二八日以降、年一五パーセントの割合による利息を付する。

(三) 右分割金の支払を一回でも怠った場合には、原告らは当然に分割弁済の期限の利益を失う。

(四) 右(一)(1)の債務に対する遅延損害金は年29.2パーセントとする。

2  そして、原告らは右分割金の支払を一切していない(弁論の全趣旨により認定)から、平成四年八月二七日の経過を以て分割弁済の期限の利益を失ったと認めることができるから、現時点における原告らの残債務額は以下のとおりとなる。

(一) 別紙残債務一覧表の各借入金残元金、ショッピング残元金及び各年会費の合計 六二万三三九七円

(二) 右(一)に対する平成四年七月二八日以降同年八月二七日までの約定の年一五パーセントの割合による約定利息 七九四二円

(三) 右(一)に対する平成四年八月二八日以降支払ずみに至るまで約定の年29.2パーセントの割合による遅延損害金

(四) 右一覧表の利息、手数料及び損害金の合計 一万六三三一円

(五) (一)ないし(四)の合計

六四万七六七〇円及びうち六二万三三九七円に対する平成四年八月二八日以降支払ずみに至るまで年29.2パーセントの割合による金員

3  よって、本件請求異議の訴えは、本件公正証書のうち、右2(五)の金員を超える部分について、執行力の排除を求める限度において理由がある。

六  争点5(被告会社の不法行為責任)について

1  本件公正証書作成の嘱託に関して

右嘱託のための委任に関して原告ら主張の違法事由の存在が認定できないことは前記のとおりであるから、右事由の存在を前提とする原告らの損害賠償請求は理由がない。

2  本件公正証書の内容に関して

(一) 前記三ないし五認定のとおり、本件公正証書は、旧債務の一部が不存在であること等の理由により一部が無効であると認められるので、このような公正証書の作成を嘱託した被告会社の不法行為責任の有無について判断する。

(二) 争点3(利息制限法の法定利率を上回る支払利息を元金に充当していない旧債務額について本件再契約を締結した点)について

一般に、ある事項に関する法律的解釈について実務上異なる見解が存在し、そのいずれも相当の根拠を備えていると認められる場合に、一方の見解を相当として当該見解に基づき行動した者は、事後的に当該見解の正当性が否定されて、当該見解に基づく行為が違法であると判断されたときにおいても、その行為に過失がなかったものとして、不法行為責任を免れると解することが相当である。

貸金業法一八条二項所定の銀行口座による支払方法の場合に、同法四三条の適用の要件として、同法一八条所定の書面の交付を必要とするか否かについては、同法の所管行政庁関係者による同法の解説書中に、不要説を相当と解する旨の見解が明記されていること(丙五号証により認定。)、また、現時点に至るまで確定した判例が存在しないこと(公知の事実)からすれば、本件公正証書の作成時点においては、相当の根拠を備えた異なる見解が対立している状況にあったと認めることができる。

また、被告会社が、その一方の見解(不要説)に基づき、本件旧債務中の借入金債務について貸金業法四三条の適用があり、利息制限法を上回る支払利息を適法に取得できるものと判断して、これを元金に充当せずに残元金額を確定して本件再契約を締結したことは弁論の全趣旨により明らかである。

よって、右不要説に基づいてした事務処理について、被告会社の従業員に過失はなかったと解すべきであるから、被告会社は、争点3の違法行為に関しては不法行為責任を負わない。

(三) 争点4(未払利息額の算定、未払利息、未払手数料及び損害金の元金組入れ並びに将来の利息の元金組入れの各点)について

本件弁論の全趣旨によれば、本件紛争の中心的な争点は、原告らの本件各カード利用契約に基づく借入金債務について、原告らが支払った利息制限法の法定利率を上回る利息に対する貸金業法四三条の適用の有無及び充当による残債務額の確定であり、前者の争点について、被告会社と原告らとの間で見解が対立し、さらに、後者の争点について、本件旧債務以外の借入金額及びこれらに対する支払額が明らかにならないために原告らの見解を採用する場合における残債務額が確定できなかった事情があって、原告らにおいて紛争の解決のために本件各訴訟の提起という手段によることを余儀なく選択したものと認めることができる。

そして、争点4の各争点については、これらにかかる請求異議訴訟上の係争額(被告会社の主張する本件旧債務額を前提とすれば、本件再契約の元金のうち二万円弱及び、利息及び損害金のうち、元金三万五〇〇〇円余に対する将来の利息及び損害金に相当する部分にすぎない。)及び、被告会社において、本訴手続中に、右元金部分に対応する旧債務額の減縮に任意に応じていることに照らせば、前記中心的争点について当事者間の見解や事実認識が一致していれば、これらの各争点については当然に、訴訟によることなく、当事者間の協議を以て解決できたものと推認することができる。

よって、右各争点について、違法と認めるべき被告会社の従業員の行為が存在したとしても、当該行為と原告らの主張する各損害との間に相当な因果関係を認めることはできない。

3  以上によれば、原告ら主張の各違法な行為について、被告会社が不法行為責任を負わないか(争点3)、または、違法な行為が存在したとしても原告ら主張の損害との間の因果関係が存在しない(争点4)から、原告らの被告会社に対する損害賠償請求は理由がない。

七  争点6(公証人の注意義務違反の有無)について

1  本件公正証書作成の嘱託に関して

右嘱託のための委任に関して原告ら主張の違法事由の存在が認定できないことは前記のとおりであるから、右事由の存在を前提とする原告らの損害賠償請求は理由がない。

2  本件公正証書の内容に関して

(一)  公証人は、公正証書を作成するに際し、その内容となる法律行為の有効性等について疑いがある場合、関係人に注意をし、必要な説明をさせる義務を負う(公証人法施行規則一三条一項)ところ、同法条所定の疑いがあるというためには、単に当該法律行為の有効性が否定される等の一般的な可能性があるというだけでは足りず、当該法律行為の有効性等について具体的な疑いが存在する場合に限り、右疑いがあるものとして、公証人が右義務を負うと解すべきである。

(二)  前記三ないし五認定のとおり、本件公正証書の内容に関する無効事由が存在するが、田村公証人が職務上認識した事実及び本件公正証書の作成嘱託のために提出された資料中に、これらの無効事由の存在を具体的に疑わせるに足りる事実または資料が存在したと認めるべき証拠はない。

(三) なお、田村公証人は、被告会社から嘱託を受けて多数の公正証書を作成していた(証人田村一の証言により認定。)から、被告会社が貸金業務を行っている事実は認定していたものと推認され、また、本件公正証書作成の嘱託のための委任状には、「特別融資〔再契約用〕」の不動文字が印刷されている事実(丙一号証の二の存在により認定。)及び、同公証人が特別融資の意味について、債務の支払が困難になった債務者について、期限の利益を失った複数の債務を一つにまとめて長期の分割弁済とするための契約であることについて説明を受けて認識していた事実(右証人の証言により認定。)を認定することができる。

右各事実によれば、田村公証人は、本件旧債務中に借入金債務が含まれている事実を推認し得たと認めることができる。

しかし、被告会社が、貸金業務を行い、債務の支払を遅滞した原告らに対して、長期の分割弁済を認める目的で、従前の本件旧債務を元金として本件再契約を締結した事実を前提としても、これらの事実から当然に、本件旧債務中に利息制限法に違反する債務を含んでいることについて具体的な疑いがあるとまではいえない。

したがって、右各事実のみによっては、田村公証人が本件旧債務中に利息制限法に違反する債務を含んでいることを認識していたとは認められないし、また、同公証人に、被告会社の従業員等から事情を聴取して、本件旧債務の内容及びその利息制限法違反の有無について、明らかにすべき義務があったともいえない。

3  よって、田村公証人に、注意義務違反があったと認めることはできないから、被告国に対する損害賠償は理由がない。

八  以上によれば、本件請求異議は、前記五認定の限度において理由があるので、右限度においてこれを認容し、本件損害賠償請求は理由がないので、これを棄却する。

(裁判長裁判官中山顕裕 裁判官小野瀬厚及び裁判官沖中康人は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官中山顕裕)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例